小さな冒険日記

青春時代を記録したものです。

プサン 2011/1

 

今回で韓国3回目。久しぶりにちょっくら3連休で旅行に行きたいなと思っても、国内にはもはや魅力感じないし、お金も高い。それなら韓国に行こう!ということで、話題のLCCであるエアプサンのサイトを見てみると、燃油・税金込みで20000円。思わず衝動買いしてしまった。購入した当時は、北朝鮮が韓国のとある島を砲撃して朝鮮半島に緊張が走っており、会社の通達で渡航自粛令が出ていたので、「ちょっとやべえな」と思っていたが、事態は悪化せず無事渡航することができますた。(もし行けなかったら北朝鮮を恨んでやろうと思った・・・)

 

1日目(土)

関空で「551の豚まん」と「ぼてじゅうの焼きそば」を腹に入れてから、夕方18時の便で出発。機内では「サンドイッチ3切れとヨーグルトとオレンジジュース」の軽食セットが出た。隣に座っていた日本人のおばはんの挙動がやたらにシャキシャキしていて、ちょっと変な人かもと思っていたが、まあどうでもいいかっと別に気にしなかった。いつものように、機内食食って、入国書類書き終わって、ガイドブックを読んでいたところと、隣のおばはんがいきなり声を掛けてきた。「プサンに3年間住んでいるので、何か知りたいことがあったら遠慮なく言ってね。」いきなりだったのでぎょっとしたが、ちょうどその時、空港からホテルへの行き方がよく分からず調べているところだったので、そのことを訊ねてみた。その人は最初想像したような頭のおかしい人では全くなかったが、えらくよくしゃべるマシンガントーカーであった。韓国から日本に水産物を輸出する企業(韓国の会社)に勤めている人だそうだ(名刺ももらった)。海外で働きたいという思いがあって、親の反対を押し切って、韓国へ来てから仕事を探したそうだ。空港に着いてからは、乗るべきリムジンバスをわざわざ教えてくれたので助かった。リムジンバスを小1時間乗って、チャガルチ停留所で下車。日本で予約したホテルを探すが見当たらない。こちらの気温は想像以上に寒い。というか、手が凍りそうな勢いである。現地の人数人にホテルの名前を見せて尋ねて回って、なんとかたどり着くことができた。メインロードから1本はずれた細い路地にあったので、これは確かにかなり分かりにくい。事前にもっとよく地図を見るべきだったと反省。そのホテルは「三原荘(サム・ウォン・ジャン)」という民宿みたいなところで、1泊およそ2000円。部屋は清潔で、床暖房も最低限だが効いていて、布団は電気カーペット付きと、まあまあ設備は悪くなかった。テレビを付けてみると、なぜかエロテレビのチャンネルが入っていたのは、少し驚いたが・・・。ついでに言うと、日本のAVほど過激でなかったのは残念だったが・・・。

 

2日目。

朝、少し早めに起床。ホテルすぐ近くにあるチャガルチ市場で様々な海産物をみて回った。本当に寒いのに、売り子(といっても全員ばばあだが・・・)は気の毒だなと思った。特にチャガルチ市場(建物の中にある)の外で、売っている露天商はもっと気の毒と思った。私のように精神的にしんどい仕事も大変だが、このような仕事も大変だなと痛感。さて、本日は世界遺産の慶州(日本でいう奈良みたいなところ)に行く日なのだ。地下鉄に乗って、終点の老圃洞駅まで行く。そこで、慶州行きの高速バス(4500ウォン、30分に1本)に乗る。1時間で慶州高速バスターミナルへ到着。ローカルバスに乗り換えて最初に向かったのは、仏国寺。世界遺産だが、日本人の私にとってお寺は新鮮なものではなく、おもしろいとは思えなかった。その後、ハイキングをして石窟庵へ向かう。単調な山道を1時間ほど登っていくと到着。ここは、モナリザと同じようにガラス越しにしか石仏を見ることができないので、感動も何もしなかった。さすがに下りもくそ寒い中ハイキングする力はなかったので、バスで山を下る。その後はバスに乗って慶州博物館へ。ここにはいろんな出土品が展示されているが、おもしろいとは感じなかった。つまんないので、「仏像の顔が誰に似ているか当てようぜ」ゲームを一人で楽しんだ。「この顔は、あの泥酔会見した政治家に似ている。」「これは、相撲賭博で逮捕された力士だ。」「こいつは、去年結婚した同期のあいつに似ている。」なんて感じ。それくらいしか楽しむすべがなかったのだ。最後に大陵苑という小さな丘(古墳)が点在する観光スポットを見学して、慶州観光終了。ひたすら寒かったからかもしれないが、なんとも物足りなさを感じた観光であった。再び高速バスに乗って釜山へ帰る。夜景がきれいだとガイドブックで書かれている広安里ビーチへ行き、ビーチを一人寂しく歩いた。広安里大橋のライトアップは明らかに物足りなく、疲れただけであった。その後は、南浦洞にあるロッテ百貨店光復店にて食事。カレーレストランに入ったが、カレー自体はまあまあとして、ポットに並々と入った熱いお茶が、冷えた渇いた身体には最高にありがたかった。その後、釜山タワーから夜景を鑑賞する予定であったが、もはや体力の限界で断念。その後、ホテル近くのスーパーで会社の人たちへのお土産を購入(ベタな韓国海苔ですが・・・)。昔は、せっかく旅行に来てまで、会社のお土産を買うのに時間を潰すなんてなんと馬鹿馬鹿しいことかと思っていたが、最近は考えが変わった。お土産を渡して喜んでもらえるとこちらもうれしいし、お土産を探す行為自体でもその国のことをもっとよく知る機会となり、観光の一種だと思えてきたのだ。

 

3日目(月)

朝、眠たい体に鞭打って7時前に起床。7時半に出発。行き先は太宗台。南浦洞からバスに乗る。終点の太宗台に着いても、想像していたような海岸線は全く見当たらない。看板の地図を見ると、どうやら園内の奥の方まで行かないと見れないらしい。園内に周遊列車が走っているようだが、時間が9時半からという事でまだまだ時間があるので、仕方ないので歩いていくことにした。修業みたいな行路であった。昨日同様、左足のひざあたりの筋肉が痛く、しかも冷たい海風が容赦なく吹き付けてくるからだ。しかも想像以上に距離があり、まだかまだかと思いながら、つらい気持ちで歩いた。やっとの思いで、展望台到着。まさに断崖絶壁が素晴らしい。よく晴れた日には対馬が見えるそうだが、私の目には見えなかった。ひょっとすると視力のいい人には見えたかも知れぬが。その後、灯台付近へ行き、遊歩道を歩いた。ここの景色は、facebook的に言えば、「いいね!」だ。 帰りはもはや歩く力が残っていなかったので、30分待った後に周遊列車に乗った。その後バスに乗って市街地に戻ってきてからは、著しい体力の低下から復活するために、ロッテ百貨店光復店内で昼食を取った。「ICHIBAN」という店でラーメンを食べて、心も体も暖まった。その後は、昨日行きそびれた釜山タワーへ。ここからの眺めは、私が今まで登ったタワーの中では、「エッフェル塔の次に素晴らしい」と言おう。快晴だったからかもしれない。標高がそれほど高くないからかもしれない。しかし、密集した住宅街のカラフルなこと、海が間近で眺められて太陽からの光が反射していたことが美しかったのだ。ぜひとも夜景も見たかったものだ。釜山タワーを降りてからは、国際市場やPIFF広場(映画館街)などを通ってからホテルに帰った。荷物をピックアップしてから、リムジンバス(発車時刻は朝チャックアウトする際、宿のおやじさんに聞いておいた)に乗って空港へ。空港では、ロッテ免税店で母親から頼まれた化粧品を購入(母親曰く、やっぱり安かったそうだ)。その後、セブンイレブンで「ビビンバおにぎり」というのを食べたが、なかなかおもしろい味であった。16時の便で釜山を後にした。  

 

<その後>

旅行から帰ってきたらいつも体調を崩すので、意識的にできるだけ睡眠時間を多めに取っていたのだが、やっぱり今回も風邪を引いてしまった。これを書いている本日も、一日中寝こむことになってしまった。今に始まったことではないが、体が弱い人間であるとあらためて実感。

 

<反省>

今回の旅は、寒かったの一言に尽きる。昨年行った北京よりも寒かった。気温的には北京の方が寒かったかもしれないが、風が吹き付ける釜山(海に面している)のほうが、体感温度は低いと言える。ヒートテック下着+ウールセーター+厚手フリース+ダウンジャケットという4レイヤーの重装備であったが、寒さを防げなかった。毎日寮で暖房をガンガン効かせているため、寒さに身体が慣れていないというのも大きいかもしれない。今回は油断して、忘れ物が多かったのが大失敗であった。タイツ、手袋、カイロを忘れた。特にタイツを忘れたのは致命的であった。それからカイロは意外とかなり重要な装備だと痛感した(靴下に貼るカイロもかなり有効)。